
野村 龍一

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記事の目次
入社して初めてわかる「超同族企業のワンマン会社」それが専門学校経営陣の実態
私は大学で栄養学を専攻していたことから、食品関係の仕事に携わりたいと思っていました。ただ、就職氷河期ということもあり、希望していた食品メーカーは全て不採用。少し幅を広げてみようと思っていたところ、栄養専門学校の広報部の求人を見つけました。
きっと専門学校だったら、アットホームな雰囲気で、上司との軋轢などもないのではないか、また、ここなら栄養の知識だけではなく、得意のコミュニケーションや、パソコンスキルが生かせるのではないかと思い面接に行ったところ、見事に採用となりました。散々不採用で心が折れそうだった時にようやく決まった就職先に胸が高鳴りました。
3月に入社してからまず初めの仕事は、高校生を呼び込むオープンキャンパスの運営でした。専門学校では、特に春休みと夏休みの長期休み、それ以外は土日を中心にオープンキャンパスを開催するのですが、これが結構大変でした。
朝8時半出勤と言われて10分前に着くと、「新入社員なのだからみんなより早く来なくちゃ」と怒られ、結局は8時出勤で、終わったら報告書をまとめ終わるまで帰れず。それが、ひどい時には半月連続で出勤するということもありました。運動部だったこともあり体力には自信があったので身体は疲れませんでしたが、精神的な疲労はどんどん積み重なっていきました。
オープンキャンパスでの仕事内容としては、専門学校への進学を検討している高校生を対象に、校内の見学や、調理体験、学校のことや受験方法、就職先を説明することでした。自分も大学で勉強して栄養に関してのことは教えられる自信があったので、子どもたちの夢を応援したいな、とワクワクしました。
事前に専門学校の魅力をしっかりと勉強して、直属の上司とミーティングをしながら説明できないところが無いように確認しました。
オープンキャンパスは、初めは上司に同行して流れを掴み、徐々に自分一人で進行するようになりました。もともと人と話すのは好きなので、学生や親御さんとお話をしたり、専門学校の先生方と連携を取るのは苦ではありませんでした。
オープンキャンパスがひと段落すると、学校訪問が始まります。一日にいくつかの高校を訪問して、パンフレットを渡して説明し、帰ってきたら報告書を書く、の繰り返しです。夏になると炎天下の中重たいパンフレットを持って行くのはかなり根気のいる作業でした。
学校によっては、「暑い中ご苦労様です」とお茶を出してくれるところもありましたが、中には「そこにパンフレット置いておいてください」とあしらわれるようなところもありました。広報部としての仕事がイメージできていなかった自分が悪いのですが、要は営業マンなんですよね。
現在専門学校の数は、昔に比べて増加傾向にあります。今では有名大学を出ていようが、実力が伴っていなければ会社に必要とされない世の中です。就職氷河期と言われる時代を経験してきたためにそれは身をもって実感していました。
そのため現在では、短期間でもしっかりと勉強し、実践を繰り返して資格を取得している専門学校生の需要は高まっています。
そのため専門学校の数も増え、どの専門学校も、なんとかして生徒をゲットしたい、と戦略を練っています。
私は、専門学校の中だけではなく、外回りの営業をこんなにもするのかと驚きました。しかも、学校同士だから高校の先生方も仲良くしてくれるだろうなんて甘い考えでいたのですが、こちらは学校の先生というわけではないので、同業者とは見られないようです。そして同じようにパンフレットを持ってくる他の専門学校の広報の方もたくさんいらっしゃるようで、いちいち対応していられない、と言った雰囲気でした。
営業として訪問すると、学校の先生はこんなにも対応が冷たいんだなとがっかりしてしまいました。
また、この学校訪問、社長の一声で、自分の母校に訪問するというときもありました。全くエリアが離れている上に、専門学校よりも大学へ進学する生徒が多い学校にも関わらず、繋がりが大事だからということで訪問が決まってしまいました。
もちろん他の専門学校に負けないように考える必要性はあると思いましたが、高校に一軒ずつ訪問して挨拶をするという昔ながらの方法に固執するのはどうかと感じてしまいました。
現に、この学校のホームページは、存在はしているものの全く機能していない状態でした。若い子の情報ツールであるホームページやSNSを通じての宣伝に力を入れるべきでは、と思ったのですが、社長の学校訪問への意欲が強いために、このような意見を認めてもらうのは相当な根気が必要だと感じました。
そんな中、ついにホームページをリニューアルするという企画が上がりました。担当の上司が何度も何度も経営陣に交渉して、ようやく実行に移すことができたとのことでした。どうやらパソコンを使える社員が今までにいなかったので、なかなか話が進まなかったとのこと。ようやくやりがいのある仕事ができるかもしれないと期待しました。
なんとか今時の高校生が好んでくれそうなホームページに仕上げようと奮闘しました。今思えばこの仕事が一番、自分の成長にも繋がってやりがいがあったなと思います。ただ、目に見えてホームページの成果が出るのには少し時間がかかり、その間は「ホームページなんかよりも、地道に高校に挨拶に行くべきだ」と直接社長に嫌味を言われたこともありました。
その他の仕事としては、専門学校のパンフレットの折り込みなど、地味な事務仕事もありました。何冊も持つと相当の重さになるので、女性にとってはかなりの重労働でしたが、覚えてしまえば誰でもできるような仕事なので、退屈でしたが私にとってはいい息抜きになりました。
専門学校業界ならではの、就業中の不満、大変さ、辛さと悩み
辞めたい理由と悩み1:若手社員はドンドン退職、残るは老害ばかりの活気がない職場
入社して早々、「あなたには期待しているから、辞めないでね」という上司からの重い一言をもらい、早くもなにやら怪しげな空気を感じ取ってしまいました。
そもそも私が入社した年度の採用は久しぶりだったようで、広報部に若い社員は少なく、どうやら話によると、次々に辞めて行ってしまう様子。私と入れ違いで辞めて行ってしまった方は、とても優秀だったという話も聞きました。優秀な人が残らない職場というのは、あまり魅力を感じないですよね。
今いる社員は大体40〜60代が中心で、もちろんいい人たちばかりなのですが、どこか波風を立てたくない、言われたことをただ黙々とやる、といった感じで、入社して1ヶ月にして早くも、「職場の活気の無さ」を感じ取ってしまったのです。
なぜこのような雰囲気になってしまっているのか?これは専門学校の特徴だと思うのですが、経営陣がみんな同じ親族という「親族経営」で成り立っていることが原因ではないかと思います。良く言えば、確かに私が考えていた「アットホームな職場」だったわけですが、親族ではないのであれば話は別です。よくよく聞くと、別の部署にもちらほらと親族の方がいて、もちろんみんなコネで入社したとのことでした。
辞めたい理由と悩み2:親族経営の上司は上から目線で威張る人物ばかり、給料アップもまず見込めない。
もちろんそんな経営では、社員の出世はおろか、給料のアップもほとんど見込めないような環境でした。
経営陣はみんな威張った態度で、部外者の考えは聞き入れないといったご様子。それに対して社員はそれぞれが不満を抱えて愚痴を言い合いながらも、経営陣の前では気に入られようと媚を売るような、夢と希望を持って入社した新人社員にとっては非常に辛い環境でした。
また、広報部としての立場というのも、難しいものがありました。広報部の人たちは皆、「私たちがいなければこの専門学校は潰れている」というようなプライドを持っているのに対して、教師たちは、「広報部は生徒を入れることしか考えていない、入学者の数ばかりに注目して生徒を集めるのに必死で、生徒一人一人がこの学校で本当にやっていけるのかということを見ていない」と言っているそうなのです。表向きはうまく連携を取っているように思っていたのですが、実際は立場の違いというのも難しいと感じました。
中には、その専門学校で調理師として働いていて、広報部に移ってきたという方もいました。天下りとでもいいましょうか、同じ専門学校の中にいる職員とはいえ、広報部の社員と教師とでは全く仕事が異なるように思うのですが、そんなのが許されてしまうというのも専門学校ならではかなと思います。
調理師の方は、職人気質というか、プライドが高く体育会系な人が多いように思います。どの分野でも、専門的な知識がある人はみんなプライドを持って仕事をしているので、そういった先生方との接し方には随分気を使いました。
しかし、特にその社員は広報部に移ってきたにもかかわらず、その職人気質が全く抜けることなく、細かい事務仕事はさっぱりする様子もなく、大声で話しかけてきたり、自分の過去の成果を誇示したりと、うんざりしてしまうほどでした。
中には50代の男性社員で、長年この部署にいてもう部長になっていてもおかしくないと思う方もいました。実際、その方の指示は的確で、周りからの信頼も厚く、この人だったら広報部をまとめられるのでは、と思うこともありました。ですが、定年をとっくに過ぎても部長として居座っている親族の方がいる限り、出世はないだろうとみんなで噂していました。
椅子に座って新聞を読み、黙っていてもお茶が出てきて、時には居眠りをしているような部長に、みんなでお伺いを立てながら仕事をするという環境が、どこか異様で、気分が悪くなりました。
辞めたい理由と悩み3:職員が忙殺されるオープンキャンパスシーズンは、全く休みも取ることができない。
そんな中でも、最も辛かったのが、オープンキャンパスの期間の出勤スケジュールでした。特に行事がない日は、比較的定時で帰れることも多かったのですが、この時期になると、平日は通常業務で、休日は土曜も日曜もオープンキャンパス。一応、交代で担当するということなのですが、社員が少ないということと、新人だから研修も兼ねてということもあり、月に3日ほどしか休めませんでした。同期と、「次の休みまで13連勤だね・・・」なんて話をしていました。
しかも、土日出勤の分の給料は手当としてもらえるわけではなく、有給に追加されるというシステム。入社した時に確認した規約には「休日手当」の項目があったので、てっきり働いた分はもらえるものだと思っていました。しかし上司に確認すると「オープンキャンパスは休日手当には含まれない」とのこと。では一体何が休日手当の対象になるのかというと、止むを得ず仕事をしなければならないと社長が認めたときだそうです。
要は社長の気分次第なのです。
「ちなみに有給はちゃんと消化できるのでしょうか?」と聞くと、「なかなか使えない」とのこと。
正直あまり高いとは言えない給料なのに、プラスで働いた分も受け取ることができないなんて、なんて理不尽なのかと上司に訴えましたが、こういうものだから、と聞き入れてもらえませんでした。
そのような理不尽さと、休みが取れないストレスとで、このオープンキャンパスの期間は本当に精神が病んでしまいました。
また、何の報告をするにしても、紙媒体です。学校訪問をして、疲れて帰ってきてから書く報告書ももちろん紙。「昔から部長がやってきた営業方法で、パソコンの活字だと部長が認めないのよ。時間がかかって非効率なのに。」と社員が嘆いていました。その報告書の記入方法にもたくさんの細かいルールがあり、見るからに非効率なやり方で、どれも部長が見やすいようにという理由で決まっているものでした。部長の中には学校ならではの「古いものを重んじる」というような考えがあるようなのですが、広報部としては学校の伝統などに縛られる立場ではないのではないかと、歯がゆく思いました。
親族経営ならではの、なかなか崩れない古い体制。しかも、それを変えようとする人がいない環境。これは強靭な精神力がないとやっていけない仕事なのだと思い知りました。
きっとどの社員も、この体制に改革が起こらないか、いつか変わるのではないか、と思っていたと思います。私も新入社員のうちは大人しくしていて、経験を積んだら色々と言わせてもらおう、なんて思ったこともあったのですが、3年間経験を積んだところで新入社員が入ってくるわけでもなく、いつまでも自分が一番若手でした。このような環境ではいつまでたっても偉くなれないと気づき、そのうち、この学校の体制を変えても自分には何のメリットもないと感じるようになりました。
そして、専門学校の仕事は1年のルーティンです。オープンキャンパス、学校訪問の繰り返しで1年が経ち、「また同じ一年が始まる」と思うたびに、続けたくない、という気持ちでいっぱいになりました。
この先もつらい現実に耐えながら生きていかなけばならないのでしょうか?
いいえ、「専門学校職員の人生を変える解法」はきちんと存在していますので、それを今からご説明いたします。
あなたの「会社を辞めたくなる悩み」への対応策
1.職員同士はできるだけ連携し、もめないようにして経営陣に対抗する
職場の環境としては、経営陣と社員の間に隔たりはあるものの、社員同士は表向きでは仲良く助け合っている印象でした。ただ、「新入社員はすぐ辞めるから」という考えがあるらしく、なかなか新入社員と交流を持とうとしてくれないような、悲しい隔たりがありました。仕事が終わったら飲み会があるというわけでもなく、みんなまっすぐに家に帰ります。逆にいえばフラットな関係で気が楽なのかもしれません。オープンキャンパスや学校訪問がないときは定時で帰れることが多いので、私としても帰って自分の趣味で気分を晴らすことができて良かったです。
女性社員の多くは、憂さ晴らしのためか、裏で陰口を言い合うのが日常茶飯事でした。私はその様子を見て、一体何が楽しくて仕事をしているのだろうと不思議でした。きっと、仕事に楽しさは求めていないのだと思います。
男性社員のは、なんとか経営陣に気に入られようとしている様子でした。部長がタバコを吸いに行くと必ずついて行ったり、社員同士で話しているときはまったく違う意見だったのに、社長が反対の意見をいうとそれに乗っかったり。裏でどんな話をしているのかを知っているが故に、見ていて滑稽だなと感じてしまいました。
2.栄養系専門学校ならば「管理栄養士」等の資格を取り、給料アップを狙うのも1つの手だが…
あとは、給料がなかなかアップしないということから、資格取得で給料アップを狙う社員もいました。栄養の専門学校ということもあり、管理栄養士の資格を持っているとわずかながら給料が上がるとのことでした。実際、資格の勉強をする時間がなかなか持てず、いつになったら取得できるのか?というペースでしたが。
この職場でうまくやって行くには、あまり野心を燃やさず、楽しさは求めず、経営陣と適度な距離感を保ちながら仕事をしていかなければなりません。
専門学校という場所は、思ったよりも閉鎖された空間だと感じました。理不尽だと感じることは日常茶飯事ですが、毎月の給料が貰えているだけでもありがたいと割り切るしかありません。ですので、やりがいを求めたり、出世を狙いたいという方には全くお勧めできません。
3.専門学校を辞めて他業界へ転職する
あなたを取り巻くストレスから解放されるもっとも効果的な方法は、スッパリと専門学校界から抜け出して他業界へ転職をすることでしょう。厳しい専門学校業界で培ったビジネススキルを生かせる職場は、あなたが自分で思っている以上にたくさん存在しています。
他業種への転職…不安はよくわかります。
しかし、うまく専門学校勤務を抜け出して、人生の立て直しに成功した人の多くは、専門学校業界以外への道を選択した人々なのです。
この件について、以下でより詳しく説明いたします。
専門学校職員の辞め方とタイミング
辞め方とタイミング1:次にやりたい事を明確に決めてから辞職を伝える事
私の場合、1年間の勤務を終えて、次の転職先探しをスタートしました。
そんな中で、学生時代から続けていたスポーツのインストラクターをやらないかとの話をいただき、どうせ転職するなら好きなことを仕事にしたいという思いが強くなり、話を進めることにしました。
私のいた専門学校では、夏のオープンキャンパスもひと段落した頃、上司とマンツーマンの社員面談がありました。部署の異動の希望や、部署内での問題はあるかといったことを相談する場なのですが、ありがたいことに私にとっては辞める話を切り出す絶好のポイントでした。
何も決めずに上司に話して、成り行きで辞める時期が伸びてしまったりしては困るので、事前に「会社の辞め方」をネットで調べに調べて、辞める時期、理由、心構えなどを確認しました。私としては年内いっぱいで、最後は有給を消化する形でやめられるようにと考えていました。
気持ち的には、辞めることになると周りの社員に迷惑をかけることになるし、辞めると伝えてからの扱いがどうなるかと思うと怖かったのですが、これ以上長くここにいた方がますます辞めづらくなると思い、意を決して話しました。
相談というよりはもう、初めからきっぱりと、「〇〇になりたいので退職します。」と伝えました。
学校への不満を全部吐いて、こんなところで働きたくありません!と豪語することもできたかもしれませんが、辞めると決めたのであれば、もう学校のあらゆることで不満を抱える必要もないわけですから、そんな思いは胸にしまって、「自分の進むべき道はここではない」という意志を強く持って伝えました。話を切り出すまではとても緊張しましたが、上司もそういったことには慣れているはずですので、あとはなるようになります。
2年間しか経っていないのだからもう少し考えてみないかと言われましたが、私としては1年でも無駄な時間を過ごしたくないという思いでしたので、「ありがたいですが、自分の夢に向かって頑張ります。」と、少し大げさな言い方でしたが意志が固いということを伝えようと努めました。
上司も、それなら仕方がないといった感じで、上司の方から社長に話をしておくとのことで、その後は辞める時期を相談し、事前に考えていた通りのプランを伝えました。後日、他の部署でも同じく退職を希望する方がいるとのことで、その方と同じく年内で退職という方向で話が決まりました。
経営陣も、去る者は追わないといった感じで、伝えた直後はあっさりとした対応でした。
辞め方とタイミング2:人手が欲しいオープンキャンパスのタイミングでの辞職は避ける事
辞めるタイミングですが、1年間勤務すると分かりますが、特にオープンキャンパスの忙しい時期は避けた方がいいと思います。やはり学校ですので、年末や年度末が節目となり狙い目かなと思います。ただし担当になっている高校などがあるため、それらの引き継ぎもありますので、すぐに辞める、というのは残念ながら難しいです。任された仕事量にもよりますが、伝えた後は引き継ぎをしっかり行わなければなりません。私としては、辞めると決まってからはいつも以上に気を引き締めて、周りからとやかく言われないように努めました。
しかし、いくら気を引き締めたところで、特に経営陣は、離れるものだとわかった途端に小さな嫌がらせをしてきました。「辞めるものにこれは必要ないんじゃないか?」と、些細なことでしたが、みんなと違う待遇にさせられたりすることがしばしばありました。
優しい上司が、私にそれを悟られないようにフォローしてくれるのですが、バッチリ部長の声は私の耳に入っていました。こんなどうでもいいことで悩みたくなかったのと、仕事への姿勢に対して何か言われたわけではなかったので、「ああなんて小さい人間なのだろう」と思うことで乗り切りましたが、あまり長い期間このようなことをされても精神が病むだけだし、周りにも気を使わせてしまうので、長居はしないことをお勧めします。
私は、約2年間何とか勤務しましたが、実際広報部を辞めたいとは常に思っていましたし、仕事以外で楽しいことを探すのに精一杯でした。
実際、新卒で初めての職場で働くとなると、仕事というものがどういうものか分かりませんし、特に専門学校という閉鎖された空間では、周りにはどんな仕事があるのかというのも分からなくなってしまいます。
よく、「3年は勤務しないと仕事の楽しさが分からない」とか「3年は勤務しないとキャリアとして認められず転職に響く」なんて言葉を耳にしますよね。私もそんな理由から「とりあえず3年間は続けなくちゃ!」と自分に言い聞かせて仕事をしていましたが、果たしてそれは本当なのか、疑問です。
大企業に勤めているならまだしも、専門学校に3年間いるということが何の実績となるのか、私には分かりませんでした。私にとっては、ホームページや広告を製作するスキルを身につけられたことと、営業トークや、人との付き合い方を勉強できたので、もうやり残したことはないと言える2年間でした。
欲を言えばもっと早めに退職して、周りに目を向けるなり、資格の取得を目指したりする時間を作るのもアリだったかなと思い、今となっては2年間とはいえもったいない時間を過ごしてしまったなと後悔しています。
要は、どのような意志を持って仕事をしてきたか、あるいは、働いていた中でどんなことを成長させられたかが重要なのであって、3年間という年月はあまり意味がないように思います。
専門学校の広報部で仕事をした上でこれだけは言える!ということは、「仕事は楽しんでやるものだ!!」ということです。「仕事は稼ぐためのもので楽しむのではない」という方もいるかもしれませんが、私は人生のうちの大切な時間を我慢に使うのはもったいないと思っています。
私は現在、趣味でやっていたスポーツを極めるために、スポーツインストラクターとして楽しくお仕事をさせてもらっています。
もともと指導するということが好きだったので、職業にすることができて本当に良かったです。栄養の知識もスポーツをする上でとても役に立っています。もちろんつまずくことも大変なこともありますが、何より「やりがい」を感じて仕事ができているので、専門学校でひたすら耐えて悩んでいた頃が嘘みたいに生き生きとしている自信があります。
専門学校の勤務経験が優遇される、より就労条件のよい「おすすめ転職先」の例
1.食品メーカー(栄養系専門学校ならば)に転職する
保守的で安定志向の専門学校に対して、同じ食品関係の仕事に携わるなら、企業での勤務の方が出世も見込めてやりがいがあると思います。実際に同じ大学の同期は、食品の商品開発に携わり、自分の考えた商品が店頭に売り出されることにやりがいを感じていると言っていました。
これから少子化が進む時代ですので、専門学校というのも徐々に少なくなってくることも考えられます。ですが食品はなくなることはありません。質の良いもの、栄養を損なわないもの、調理に手間がかからず簡単に食べられるものなど、安全・安心な食事はこれからますます需要が高まってきます。そのような商品の開発や販売促進に携われるのはとても魅力的だと感じます。
また、他の企業と交流のできる点がオススメです。情報交換をしながら、自分の職場とどこが違うのか、周りにはどんな仕事があるのかとアンテナを張りやすいと思います。ずっと同じ仕事についている必要はないと思うので、いろいろな仕事に触れ合うことでチャンスをもらえるのではないかと思います。
2.食品研究職に転職する
商品の異物混入や食中毒、食品偽装など、ニュースでも頻繁に騒がれているように、現在は安くて美味しいだけではなく、安全で健康的な食事というのが求められており、どの企業でも特定保健用食品になるような健康食品の開発に力を入れています。
そのため食品研究職の需要は大きいと思います。私も大学で食品の成分の研究に携わっていたことがありますが、すぐに結果が出ないことと、ミスが許されない根気のいる作業が続くという点では大変ですが、チームでの研究が多いため、みんなで同じ目標に向かって取り組めるという点ではやりがいにつながると思います。ですので広報部と同じようにコミュニケーションは意外と研究職でも通用します。
また、このような仕事はお給料が高いと言われており、その分長期間研究室にこもることもあると思いますが、コツコツと細かい作業が得意な人に向いていると思います。
3.専門学校時代に関連した「講師職・教師職」に転職
専門学校で働いていて、夢を持った子どもたちに携わることができるというのは大きな経験でしたので、指導員としての仕事はオススメです。私自身も現在スポーツインストラクターとして働いていますが、指導する側というのも日々の勉強が不可欠で、自分の成長にもつながり、やりがいを感じます。
スポーツや娯楽の分野は、「職業病」と言われる、肩こりや腰痛、精神的ストレスなどを抱えている現代人や、健康志向の方にとって、とても需要があります。
特に現在では、働く女性が増えきているということもあり、それに伴いストレス発散や運動不足解消のためにスポーツを習い事にしているという女性も増加していると言われており、そんなお仕事帰りの女性を対象としたクラスも増えてきています。
また、インストラクターと一口に言っても、流行しているヨガやピラティス、スポーツジム、ダンスなど、ジャンルは様々です。体を動かす仕事にはなりますが、パソコンの前にずっと座っているよりもリフレッシュできて健康的です。今となっては「普通のOLには戻れない!!」と思ってしまうくらい、精神的に楽だと感じています。
今までパソコンの前に座っている側だったのに、今ではそんな方達を癒したり励ましたりする側にいると思うと少し不思議ですが、とてもやりがいを感じています。
ただ職業によっては給料が固定されているわけではないので、安定した収入を考えている方にはあまり向かないかもしれません。
人生の選択肢は常にあなた自身が持っている
専門学校勤務のあなたの人生を変えるために、まず一番注目すべきことは「専門学校業界以外の職場もあることを知る」ということです。
案外、外部と交流がない専門学校業界人は井の中の蛙になることが多いです。
自分の会社以外のことを全く知らないというケースも非常に多いようで、勇気を出して一歩外に踏み出せば大きな海が広がっているということを、改めて考えてみてはどうでしょうか。
兎に角、どうしても今の悩みが解決できなければ「別に辞めればいい」「辞めたっていいんだ」「自分は自由に人生を選択できるんだ」と割り切ること。
周囲からの目を気にしたり、あなたの人生と無関係な上司のメンツを立てて、自分の人生を後回しにしてします思考こそが「今の職場を辞められなくなってしまう」ことの最大原因であり、悩みをより深くして人生を間違えてしまう事につながります。
転職コーディネーターに無料相談することから始める
自分自身でまず何をしてよいかわからないならば、人材紹介会社に登録するのも手。
転職コーディネーター経由で他の業界、企業の内情を知ることができますし、冷静な第三者の目で、あなたのスキルと経験を活かせる新しい職場を用意してくれます。
また、辞めづらい今の職場で、(転職先を紹介してもらった後に)スムーズに次の職場に移動するための方法やタイミングなどもしっかり教えてくれますよ。
いきなり仕事を辞めたりはせず、まずはじっくり転職エージェントと無料のアポイントを取って、今後の動き方を相談しつつ、あなたの希望に沿った新天地候補をじっくりと紹介してもらうべきでしょう。