電力会社、ガス会社等のインフラ系企業を辞めたい人へ=つらい職場を上手に辞める方法

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野村 龍一

野村 龍一

医療系転職コンサルタント企業で700名以上の医師転職支援に関わる。近年は医療以外にも様々な業種からの「私も会社を辞めたい」という転職相談が相次ぎ、転職成功者のインタビューを敢行中。2016年12月より一般転職に関する情報提供、人生相談を当サイトにて開始。




記事の目次

東日本大震災で人的大災害を引き起こした某電力会社を退職し、現在は大手総合商社に転職いたしました。

野村龍一
今回は元大手電力会社に勤務されていた越川正志さん(仮名)からの寄稿レポートです。越川さんは大手商社への転職に成功されています
越川正志 さん
大手電力会社を辞めて商社に転職するまでの、私の退職ストーリーです。

皆様こんにちは、私は1974年生まれの42才の会社員、越川正志と申します。

都内の某国立大学卒業後、社会の土台を支えるインフラ系の会社で、腰を据えて仕事をしたいと考え、1998年に某電力会社に新卒で入社し、入社後は、東京都内の現場営業所で、1年間強の期間、電話受付対応、窓口業務などを経験しました。

新入社員時代に会社のビジネスプランコンテストに応募し、優勝したことで、会社から約1,500万円の設備投資費用を獲得し、提案した事業を事業化もしています。このビジネスプランコンテストでの活躍が本店の新規事業開発部門の人事担当の目にとまり、入社2年目の夏に本店の同部門に異動しました。

その後、同部門で研修、人材派遣、介護事業、ガーデニング事業などの新規事業開発、新会社設立、M&A業務を2006年までの約7年間経験し、2006-2008年に社費で米国にMBA留学しました。

2008年の帰国後は、海外IPP(発電事業)の担当部署に異動し、2011年までの約3年間、東南アジア、豪州、台湾、米国他での発電事業開発、国内風力関連の事業会社管理の業務を経験しました。2011年の東日本大震災後、13年間勤務した前職を退職し、現職の大手総合商社に転職、現在に至ります。

某大手電力会社勤務ならではの、就業中の不満、大変さ、辛さと悩み

辞めたい理由と悩み1:インフラ系企業ならではの特殊顧客…現場のお客様対応業務が非常に難しく悩ましい

電力、ガスなどのインフラ系企業にはありがちですが、大学卒社員も高卒の社員と同様に入社後、最初は現場経験を積ませるべきとの方針で、東京都内の現場営業所の顧客対応部署に配属になりました。

顧客対応業務は、大きく分けて、電話受付対応業務と窓口業務分かれましたが、電話受付は、毎日、朝から定時まで、電話を取り続ける業務で、1日あたり、100本程度の対応をしていました。

受け付ける電話のうち、内容的には全体の8割くらいは、引っ越し(での電気の使用停止、使用開始)や契約アンペアの変更などの定型業務で、残りは、電気料金を期限までに支払いできない人、支払いができなかった結果、電気の供給を停止した顧客からの連絡対応(要するに、電気料金を払うから取りに来て、電気をつなげ等々)、あとはいわゆるクレーマーと思われる人達からのおかしな質問やクレーム対応などの非定型の業務対応で占めていました。

前者の定型業務は、入社後の最初の1か月くらいは現場で生のお客さんの声を聞く経験という意味でも辛抱できる範囲でしたが、その後も、毎日毎日、朝から晩まで電話に急き立てられ、1年近く、電話受付をすることになり、モチベーションが保ちにくかったです。

のちにパートタイムの主婦の方などのカスタマーセンターに業務移管されることになりましたが、現在のAIやIoT技術を活用すれば、人が直接対応しなくても自動応答等で相当部分の対応ができるような定型的な内容の業務でした。

後者の非定型業務は、定型業務よりは、相手の言い分に応じた適切な対応をその場その場で判断していく必要があり、緊張感はありましたが、普通は、口座振替で支払う人の多い電気料金を口座振替にせずに請求書払いのままにしていて、その上、支払いが遅延したり、電気を停止される顧客が人口比で、数%、人数にすると数千人にはいて、現場営業所の運営全般がこうしたあまりありがたくない顧客の対応に日々、振り回されがちで、言い換えるとそうした特殊顧客の対応を前提にして、電話受付、現場での作業対応などの業務オペレーションが設計されていました。

例えば、電気を止められたせいで、熱帯魚の水槽で酸素が供給できず、熱帯魚が全滅した。電気代は払うから、熱帯魚を生き返らせろ等々のその筋の人と思われる方からの連絡が入り、ぴりぴりしながら、電話で受け付けをし、現地対応要員を派遣する等していました。

顧客を”平等”に扱うというお題目のもとに電気料金をきちんと支払ってくれる優良顧客とは引っ越しの時くらいしか接点がなく、たいしたサービス対応をすることもなく、逆に電気料金不払いの不良顧客に毎月、毎月、膨大に手間暇をかけているのは、“悪平等”としかいいようがなく、民間企業のサービス業に従事していながら、お役所仕事的な内容の業務が多く、やりがいを感じるのが難しかったです。

職場の先輩なども、最初は疑問に感じたのでしょうが、長い間、同じような現場業務を続けていく中で、そうした根本的な問題に目を向けて、社内で白い目で見られるよりも、流れに流されるままに周りと歩調を合わせて、仕事をしていればいいとある意味、達観して仕事をしている人が多かった印象です。

私の場合は、1年強の現場での顧客対応業務でしたが、大学卒、それも早慶などの有名私大の出身者でも、5年、10年と現場対応業務を担当するケースもあり、人材育成とはほど遠い状況でした。

また、業績評価も受け付けした電話の本数など、数値化しやすいものが評価項目にされていて、電話応答の丁寧さや顧客のニーズをくみ取った対応ができているか等の定性面の評価がされづらく、不平等に感じることが多かったです。

分かりやすい例では、電話の応答率という数値で管理されていて、これは、電話がなってから、5秒以内、10秒以内に応答できた電話の割合を示すもので、95%超の数値が目安になっていて、現場営業所の間でも数値面で競争させられ、電話が鳴り続けて、誰も取れない状態が数秒続くと、上司がそわそわしだし、プレッシャーがかかり続け、組織が疲弊していて、メンタルがやられてしまって、会社に来られなくなる人が常時数名いました。

2年目からは、夜間の当直勤務を経験しました。夜間の電力会社の窓口に来たり、電話をかけてくる人はかなり特殊な顧客で、酔っ払いや怒鳴りながら、入店してくる人達を夜間で警備員をいない中で、防御する手段も持たないまま、応対するのは身の危険を感じることもちょくちょくあり(電話でこれからお前を刺殺しに行くから、覚悟しておけと脅迫されることも何度かありました)、当直明けも、電話受付業務を朝からする場合は、体力的な面、モチベーション面でコンスタントに仕事をするのが難しかったのが実情です。

辞めたい理由と悩み2:大手企業にありがちな新規事業開発の難しさ、大変さ

現場対応業務を経て、本店で新規事業開発を担当した際は、会社として、国内は10電力体制で、今後、経済成長も期待できない高齢化社会に向かうにあたり、成長余力がない(電力需要は経済成長率に相関する割合が高いため)ので、国内で電力事業以外のいわゆる新規事業開発をしようという方針のもとで、仕事をしていました。

今から思うと、武士の商法という感じで、人材派遣、研修、介護事業など、全く経験がない新規の分野でも、とりあえず、公序良俗に反しない事業なら検討してみようというノリで仕事をしていました。

当時は、会社の看板で業界の錚々たる企業は面談に応じてくれたりし、新会社の立ち上げ、M&A案件の検討などに関与することもでき、今から思うと、20代の時期にいろいろな新しい経験ができて、エキサイティングで楽しい日々でしたが、当時は、上司を含め、会社の看板と自分たちの新規事業開発能力を勘違いしている人が多く、組織として、実績面では満足のいく結果は出せていませんでした。

当時の上司は、毎月50個の新規事業アイデアを出せと部下に指示するような人も散見されて、本来は、新規事業開発は、量よりも質のはずが、質よりも量という感じで、思いつきのアイデアや案件を追いかけ回す形になりがちで、目指すべき新規事業あり方、組織としてのベクトルの方向性が示されないまま、迷走している感が強かった印象が強いです。

また、当時は、20代だったので、対応できたが、パートナー候補先との会食後に、会社に戻って、社内会議の資料作成をし、タクシーで明け方帰宅し、翌朝も7時過ぎに出社するなど体力面でも厳しい業務対応をしていた時期が数年続きました。

留学直前には、新会社立ち上げのプロジェクトチームに参加していたので、上司の思い付きで、急な休日出勤を命じられて、TOEFLやGMATが受験できなくなることもあり、スケジュール管理にも苦心しました。

こうした組織としての方向性の不明確さ、勤務体系の不確定要素の多さに関して、不満を感じることがそれなりにありました。

辞めたい理由と悩み3:苦労して取ったMBAも全く給与や労働条件面には影響がなかった

その後、会社として、国内で未経験の新規事業を武士の商法で手当たり次第やるよりも、本業の電気事業を海外で行うという意味での新規事業の方が有望だろうとの整理になったこともあり、MBA留学後に担当した海外の発電事業担当部署では電力会社として、火力関連など本業の知見、技術、経験を活かした地に足の着いた業務を担当できました。

ただし、2006-2008年のMBA留学を社費でしたにも関わらず、会社の規定上は、2年間の留学期間は休職扱いで、留学していない同期と比べて、2年間昇進が止まり、職級、それに連動した給与がなかなか上がらない構図となっていました。

MBA留学時代の各国からの留学生は、私費で留学して、リスクを取る代わりに留学後にキャリアアップ、給与などの処遇アップを前提にしていたので、留学期間中から、帰国後に昇進どころか、降格に近い扱いとなることにギャップを感じてはいましたが、帰国後、数年経っても、同期からの昇進の遅れを取り戻せない状況が続き、もどかしさを感じていたのが正直なところです。

そもそも、組織で行う仕事が大半で、個人として突出した業績を上げにくいのがインフラ系企業の宿命でもあり、半年に一度の業績評価で、上司が留学時代の昇進の遅れを取り戻せるように配慮してくれる人でないと遅れは放置されがちでした。

自分が留学した10年くらい前までは、本当の意味での社費留学で、留学期間中も勤務扱いで、きちんと昇進もしたのですが、留学からの帰国後に退職する人が後を絶たず、会社が留学制度を変更して、休職扱いでの留学としたことで、この昇進の遅れは、社費留学した人共通の悩みとなっていました。

当時は、基本給がなかなか上がらず、基本給上に残業代を稼いで、何とか、世間の一流企業の下の方の給与を確保する状況でした。

このMBA留学関連では、さらに納得感に欠けることがありました。震災後、会社が経営危機に陥り、担当していた海外事業をどうしていくか不透明となり、個人のキャリアも先行きが見えなくなったので、やむを得ず、退職しましたが、会社の人事規定で、留学から帰国後5年以内に退職した場合、留学費用の一部を返済することになっていたため、なけなしの退職金を全額没収され、さらに100万円以上、追加で返済することになりました

退職から1年後くらいに早期退職の募集がかかったことを考えると、タイミングによっては、割増しで退職金をもらってもおかしくないくらいの会社の状況でした。私の場合は、人事規定が想定していたような留学後、通常時に退職するケールとは違い、震災に起因する特別な退職ケースと言え、10年超勤務してきた社員の新しい門出を後押しするくらいの度量を持ち、返済義務を免除するなどの融通はある程度、利かせてもよかったのではないかと思いますが、非常に機械的な対応で、返済を迫られ、世間的にもかなり批判を集める言動を会社がとり続けていたこともあり、一社員も大切にできない大企業病の会社なんだなあとある意味、会社に対しての未練は断ち切れた面はありました。

一方で、高校卒で、現場たたき上げできた人たちは、留学など考えもせず、入社10年目くらいになると、深夜勤務、危険作業手当などもつくため、年収が1,000万円近くまで行く人も散見されました。

処遇という意味では、大学卒の社員よりも地道に働く高卒社員が優遇されていて、不公平にも感じ、不満もありましたが、今にして思えば、それがインフラ系企業の宿命とも感じられます。

では、大手電力会社に勤めるあなたはどうすればよいのでしょうか?
この先もつらい現実に耐えながら生きていかなけばならないのでしょうか?
いいえ、「大手電力会社社員の人生を変える解法」はきちんと存在していますので、それを今からご説明いたします。

あなたの「会社を辞めたくなる悩み」への対応策

1.社外に目を向けて、プロフェッショナルとしての研鑽を日々、積むことが大事。

震災後、電力会社は電力自由化の流れでの小売り自由化、分社化など環境が激変しており、私が在職した頃のように腰を据えて、生涯勤務する組織という色合いはだいぶ薄れていると聞いていますので、下記の解消策は、そのままでは当てはまらず、個々の置かれている環境によっても、違うので一概に述べることは難しいと考えています。

その上で、あえて、いくつか不満解消の方策をいくつか挙げさせていただくとすると、まずは、社外に目を向けて、プロフェッショナルとしての研鑽を日々、積むことではないかと思います。

私も、新入社員時代は単調な電話受付業務が続き、いつ刺激的な仕事ができるポジションに異動できるかも読めない(下手をすると5年、10年先も現場業務をしているかもしれないとの恐怖におびえながら)状況に置かれていましたが、学生時代の友人と定期的に勉強会を開催したり、社外の研修に参加したり、内側にこもりがちな視点を外に向けるように意識的に行動していました。

ビジネスプランコンテストで優勝したアイデアも元々のものは、机上の思いつきのレベルのものでしたが、関係する会社の工場を見学させてもらい、業界関係者に話を聞き、ビジネスアイデアを見直し、仮説検証を何度も回しながら、試行錯誤することで、最終的には事業化でき、新入社員ながらにプロフェッショナルとしてやっていく自信を多少は持つことができました。

置かれた環境で内向きに閉じた考え方、行動を取るのではなく、意識的に自分の世界を外に広げることで、モチベーションを保ちながら、仕事をし、目の前にチャンスが現れた時にそれがチャンスであることに気が付き、必要なアクションが迅速に取れるようにアンテナを常に張ることが大切と考えます(幸運の女神には後ろ髪はない…という発想です。)

2.情報収集、人脈構築によって知人からの転職の誘いが来ることもありえる

私が新規事業開発時代に感じた社内に専門家がいないこと、組織としての方針、仕事の仕方の方向性が不明確だったことへの不満の解消策という意味では、やはり、情報収集、人脈構築が重要と考えます。

新規事業開発をしていた当時、社内では素人ばかりで、検証すべきビジネスアイデアの仮設すらもどのように設定すればいいか、暗中模索でしたが、自分なりに情報収集、仮説を構築した上で、業界の専門家、有識者にコンタクトして、自分なりの熱意を持って、仮説や事業化への真剣な思いを伝えることで、仮説自体の検証もでき、仮に最初に考えたアイデアは的外れなものだったとしても、より実現性の高い新しいビジネスアイデアのヒントをもらえたり、一緒にビジネスプランを考えてくれることがあったり、共同開発パートナー候補の個人や会社を紹介してもらえることもありました。

社内に専門家がいない新規事業開発をしていく上では、業界人脈の構築、それに基づく、深いレベルの情報収集で、仮説検証のサイクルをいかに早く効率的に回していくかを意識して仕事をすると、社内に専門家がいないことから発生する無茶ぶり、方向性の欠落感といった不満を解消する一助にはなると考えます。

既に前職は離れ、当時検討していた新規事業の分野からは離れていますが、今でも当時、知り合った各業界の専門家の方々とは折に触れて、メールや年賀状でやりとりを維持しており、時々、飲み会で旧交を温めたりもしています。

そうしたお付き合いの中で、現職での仕事のヒントが得られることもありますし、最近は、昔、仕事でご一緒した人が転職して、役員など要職に就かれるケースも増えてきていて、そうした方々から、転職の誘いが来ることもちょこちょこあり、自分の将来のキャリアの選択肢を広めるという意味でも、20,30代の若い時期に密度の濃い仕事を業界の専門家とすることは大いに意義があると考えます。

3.MBA留学、関連資格取得等の自己啓発に挑戦する

前述の通り、前職の海外MBA制度は、社費でありながら、休職扱いで、留学期間中の昇進が遅れることになり、なかなか遅れが取り戻せないままで、キャリアパス、処遇への不満がありました。

社外でも通用する人材になろうとキャリアアップを果たすために新会社立ち上げの激務の仕事のかたわら、留学前の準備(TOEFL, GMAT,エッセイ、面接対応等々)をし、渡航後も、英語でのコミュニケーションに冷汗をかきながら、予習復習をしながら、2年間海外でもまれる経験をして、卒業したことが社内での処遇という意味で、短期的に報われない苛立ち、焦燥感はかなりありました。

ただし、振り返ると、前職では、社内に自己啓発支援制度はあり、そのうちの1つに日商簿記、ビジネス法務検定の各2級, TOEIC720点以上を取得していると、米国公認会計士試験の予備校代を会社が負担してくれるものがあったので、それを利用し、半年ほどで条件を満たして、某大手資格試験予備校の通信講座に申し込み、1年半ほど、それなりに苦労して、アメリカの大学の会計学等を取得し、受験勉強を行い、当時は、日本で米国公認会計士試験を受験できなかったので、グアムまで二回渡航して、受験し(一回で4科目全部に合格できなかったためですが)、何とか、MBA留学前に米国公認会計士資格を取得することもできました。

MBA留学後、米国公認会計士試験で勉強していた簿記や会計の授業は勉強が楽にでき、単位も余裕をもって取得することができ、英語のハンデのある中で、心のよりどころとすることができたことは今でも覚えています。

MBA留学後、復職して3年ほど経ったころに2011年の東日本大震災が発生し、転職を余儀なくされましたが、海外勤務経験もない中で、現職の大手総合商社に転職することができたのは、MBAの学位、米国公認会計士の資格を保有していたこともそれなりに影響したと考えています。

今、振り返ると、前職にとどまっていたら、昇進の遅れを引きずり、MBAの学位も活かす場面で限られていたと思いますが、現職に転職し、英語もそれなりに使いこなして、仕事をできていることを考えると、まさに社外でも通用する人材となるための自己啓発制度だったと言えます。

民間の個別の会社の立場では、社員の資格や学位取得を支援したにも関わらず、元社員が退職して、新天地で活躍していることは良しとはできない面もあると思いますが、それも含めて、社会全体で役に立つ人材を育成するという意味で、インフラ系の会社らしいとも言え、個人としてのキャリアアップという観点で考えると、会社の自己啓発制度は積極的に利用した方がよく、資格や学位も挑戦する機会を自分で作り出していくことで、短期的に感じる処遇への不満も、中長期では、解消していくことにつながるのではないかと考えます。

5.電力会社、ガス会社などのインフラ系企業を辞めて他業界へ転職する

あなたを取り巻くストレスから解放されるもっとも効果的な方法は、スッパリとインフラ系業界から抜け出して他業界に転職をすることでしょう。厳しいこの業界で培ったビジネススキルを生かせる職場は、あなたが自分で思っている以上にたくさん存在しています。

他業種への転職…不安はよくわかります。

しかし、まく電力会社、ガス会社等のインフラ系企業勤務を抜け出して、人生の立て直しに成功した人の多くは、インフラ業界以外への道を選択した人々なのですこの件について、以下でより詳しく説明いたします。

電力会社、ガス会社等のインフラ系企業の辞め方とタイミング

辞め方とタイミング1:狭い業界なので、後から後ろ指をさされないように引継ぎなどをしっかり行う

電力業界は人材の流動性もこれまであまり高くなく、非常に狭い業界なので、後から後ろ指をさされないように引継ぎなどをしっかり行うことが肝要だと思います。

逆に退職しても、前職で一緒に仕事をした上司、同僚、後輩との関係を維持していけば、期せずして、非常に幅広い業界に人脈構築できる状況になっていると言えます。(特に2011年の東日本大震災後は、従来、終身雇用が前提だった電力会社からの退職者も増えているので、その傾向が顕著と言えるでしょう。)

あとは、特に転職先で同じような仕事をする場合、競業避止や在籍中に知りえた情報の秘密保持などの成約を課されるケースが多いので、線引きは難しいものの、転職から半年や1年間くらいは特に前職に対して、目立たないように仕事をした方がいいと思います。

退職をすることで縁が切れる人もいるが、去る者追わず、でも一期一会の出会いは大切にしていくというスタンスでいることが前職、現職の人間関係を良いものにする秘訣だと思います。

辞め方とタイミング2:電力会社の場合、転職候補先にとっての重要顧客であるケースが多く、採用面接を受ける場合などは、情報管理などに留意要

電力会社の場合、転職候補先(石油元売りなどのエネルギー上流系の会社や総合商社)にとって、電力会社自体が燃料取引他の重要顧客であるケースが多く、採用面接を受ける場合などは、情報管理などに留意が必要です。

特に震災直後は、前職の名前を出しただけで、今、採用していいか判断に困るので面接は当面、保留というスタンスの会社が散見されました。(前職の窮状につけこんで、優秀な人材を引き抜いていると思われ、取引に影響が出ないか等の忖度が働いたものと想像されます)

それ以外に背筋が寒くなる経験もしました。前職の同じ部署に人で私と同時期に某総合商社の面接を複数の人が受けて、最終面接に残っていたのですが、そのまま、採用していいものか、思案した総合商社側の人事担当者が前職の所属の部長のところに確認に来たため(さすがに名前は伏せての確認ではあったが)、”犯人“探しが始まり、職場の中で、疑心暗鬼状態になったことがありました。

私は、仕事の関係も強かったこの総合商社の面接は受けておらず、逆に関係の薄かった現職の面接を受けていたので、直接的な被害は受けませんでしたが、わざわざ、こんな確認をしにくる会社は仁義にもとる気もしましたが、それだけ前職との関係が重いものだったと考えれば不思議ではない面もありました。

私の場合も、仕事の関係が薄いために無風で入社した現職でしたが、それでも、入社後に所属の部長と課長が”仁義“を切るために前職の部長を訪問して挨拶をして円満退社していることを確認していた経緯もあり、中にいると想像できないくらい電力会社は影響力が大きい組織であることは十分に認識して行動すべきだと痛感しています。

辞め方とタイミング3:MBA留学などをしていた場合の会社への”借金の返済“に関して遺恨を残さないこと

上記の通り、私の場合、MBA留学から5年以内の退職だったため、会社への留学費用の”借金の返済“を強制的に行わされ、退職金を没収されました。

その約1年後に早期退職の募集がかかったことを考えると、あと少し、待てば、割増しで退職金がもらえたところ、逆に退職金をもらい損ねたことになります。

ただし、留学費用の返済義務消滅を待っていたら、現職への転職は成立しなかった可能性が高く、転職は止めたいという転職者側のタイミングだけでなく、採用する企業側の事情にも影響されるので、思い切って判断すべき時は判断すべきだと思いますが、やはり狭い業界ゆえに円満退職することを最優先に考えた方がいいと思います。

留学費用の返済義務に関しては、裁判で争っても敗訴しないとの判例もあり、同時期に留学して、退職した人で、会社を相手に裁判を起こしていた人もいることにはいましたが、最終的には返済せずに退職したようですが、そうした悪評は人づてにも伝わるので、やはり、中長期で見て、後ろ指をさされないように慎重に行動した方が賢明だと思います。

泥船(経営が傾いた会社)から、真っ先に逃げ出すのは、アンテナを立てて、情報収集をし、自分の市場価値も十分に把握している優秀な人材という側面は否めず、会社が経営不振になってから、1年半から2年間くらいの期間で、転職する人は転職し、残る人は残るという選別がされた印象がされた印象で、社外に活躍の場を求めるなら、円満退社に気を付けながら、やはり、チャンスを逃さずに動く時は動く決断能力が必要と考えます。

インフラ系企業の勤務経験が優遇される、より就労条件のよい「おすすめ転職先」の例

1.30代前半までなら、コンサルタントへ転職も選択肢。

自分自身の転職活動や前職の同僚の転職先、転職エージェントからの話などを総合すると、30代前半までで、MBA留学などもしていて、いわゆる地頭がいいか、或いは、頭に汗をかく知的な体育会系の乗りに併せていけるなら、コンサルも選択肢と言えます。

私の場合、MBA留学時の夏休みに日系の某大手戦略系コンサルで2週間のインターンを経験しました。職場では、短期間でもあり、お客さん的な扱いでしたが、一緒に働いているコンサルの先輩たちは、アドレナリンを出し続けながら、長時間勤務をものともせずに仕事をしていて、30代前半まで体力のある時代(できれば、家庭のことを考えなくてもいい独身ステータスであればなお良し)なら短い期間に凝縮した経験ができる職場だと思いました。

私の場合、2011年の転職活動時には、30代半ばでM&Aのアドバイザリーの会社、会計系のコンサルもいくつか面接を受け、うち1社は最終面接まで呼ばれていたので(現職から先に内定が出たので辞退)、多少年齢が上がっても、選択肢としてはありうると思います。

それ以外には、MBA留学などをしていれば、石油元売り系、総合商社、PPS、重電メーカーなどの事業会社の経営企画部門なども、留学経験、電力会社時代の知見、人脈などを有効活用できる転職先と言え、私自身を含め、実際に転職している人が複数いる転職候補先と言えます。

2.30代後半以降ならば、体力勝負を避けた業種へ転職を

30代後半となると、体力勝負のコンサルはきつく、年齢的には、コンサルの実務で手を動かす担当者というよりは、トップ営業で仕事を取ってくることを期待されますが、コンサル経験もないまま、トップ営業がどこまできるのか、未知数だと思います。

唯一、例外なのは、会計事務所系のコンサルが前職の企画、制度設計関連の部署の中堅どころを中途採用していることが挙げられます。

これは、前職がもともと、内部で抱えていた仕事と組織をカンパニー制への移行などで維持できなくなり、外部コンサルに外出しで仕事を依頼するようになっていることが背景にあるようです。

電力会社からの制度設計や戦略策定の仕事の依頼に対応するにあたり、コンサルが、電力でそうした業務を経験していた人を中途採用している状況。冷静に考えると、肝心のノウハウ、企画機能を外部に依存している時点で、組織としての体をなしていないともいえますが。

上記のような例外を除くと、電力会社からの30代後半での転職となると、前職の人脈頼りで、石油元売り、PPS(電力小売)などのエネルギー系、総合商社等、あとは、太陽光他の再生エネルギー系のファンド、再エネ案件の開発を行う事業会社などが選択肢となっているのが実情だと思います。

3.通信、電鉄、ハウスメーカーなどの「電力小売り参入業界」に転職するのもおすすめ

お勧めという意味では、上記に加え、電力小売りに新規参入した通信、電鉄系、ハウスメーカーなどの異業種組は内部に電力の専門家がいないので、そうした事業会社の経営企画部門などを狙うのはありだと思います。

実際にそうしたポジションで狙いをつけた会社の面接を受け、内定を受領したことも複数社でありました。

こうしたポジションは待っていても、求人ニーズは分からないので、複数の転職エージェントとお付き合いしながら、この会社でこういう求人ニーズがないか、人事担当に聞いてもらう等、自発的にアクションを起こして、求人ニーズを掘り起こして、そこに自分を売り込んでいく積極的な姿勢が不可欠と言えます。

人生の選択肢は常にあなた自身が持っている

電力会社、ガス会社などのインフラ系企業勤務のあなたの人生を変えるために、まず一番注目すべきことは「インフラ系業界以外の職場もあることを知る」ということです。
案外、外部と交流がないインフラ系業界人は井の中の蛙になることが多いです。
自分の会社以外のことを全く知らないというケースも非常に多いようで、勇気を出して一歩外に踏み出せば大きな海が広がっているということを、改めて考えてみてはどうでしょうか。

兎に角、どうしても今の悩みが解決できなければ「別に辞めればいい」「辞めたっていいんだ」「自分は自由に人生を選択できるんだ」と割り切ること。

周囲からの目を気にしたり、あなたの人生と無関係な上司のメンツを立てて、自分の人生を後回しにしてします思考こそが「今の職場を辞められなくなってしまう」ことの最大原因であり、悩みをより深くして人生を間違えてしまう事につながります。

転職コーディネーターに無料相談することから始める

自分自身でまず何をしてよいかわからないならば、人材紹介会社に登録するのも手。
転職コーディネーター経由で他の業界、企業の内情を知ることができますし、冷静な第三者の目で、あなたのスキルと経験を活かせる新しい職場を用意してくれます。

また、辞めづらい今の職場で、(転職先を紹介してもらった後に)スムーズに次の職場に移動するための方法やタイミングなどもしっかり教えてくれますよ。

いきなり仕事を辞めたりはせず、まずはじっくり転職エージェントと無料のアポイントを取って、今後の動き方を相談しつつ、あなたの希望に沿った新天地候補をじっくりと紹介してもらうべきでしょう。

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