
北野筆太

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記事の目次
看護師免許だけでは就けない助産師の仕事。命の誕生の場に立ち会う「聖職」が激務に悲鳴を上げている。
激務に耐えかねて職場を去る人がいます。ブラック企業につかまってしまったり、達成感が得られなかったりすると、「なんで我慢しなきゃいけないの!」と考えるようになり、退職を選択するしかなくなります。
谷口尋子さん(仮名、27歳)も激務に耐えかねて辞めまた1人です。不規則な勤務時間、夜中の呼び出し、サービス残業、威圧的な上司、緊迫した職場の雰囲気など、やる気だけでは乗り越えられない要素が山ほどありました。
しかし谷口さんが、他の「激務を理由に退職した人たち」と異なるのは、若いころから憧れていて8年かかってようやくたどり着いた道をドロップアウトした、という点です。
「仕事にやりがいが見付かれば、多少きつくても続けられる」とはよく言われますが、谷口さんは「大きなやりがい」を持っていたにもかかわらず、尋常ではない「きつさ」のために退職を余儀なくされたのです。
谷口さんの憧れの職、そしてわずか3年で辞した仕事は、助産師です。
彼女がなぜ理想の職場を辞めてしまったのかは、のちほど詳しく紹介します。ここでは、谷口さんが「世間の多くの人は、出産や助産師の仕事について誤解している」と言ったことについて注目してみます。
谷口さんが「世間は助産師の仕事を誤解しているな」と感じたこと
誤解その1 | 「日本の出産は安全」と思っている人が多いが、それは誤解 |
誤解その2 | 「助産師は産婦人科医の補助者」と考えている人が多いが、それは誤解 |
誤解その3 | 「助産師は慈愛に満ち溢れた人」と期待されるが、それは半分誤解 |
下の表は、世界保健機関(WHO)が公表している194の国と地域別の新生児の死亡率です。日本は1000人の胎児のうち999.1人が生きて産まれることができます。日本は死亡率が191位ですので「世界で4番目に安全な出産ができる国」といえます。
医療先進国であるアメリカですら151位で、1000人出産当たりの新生児死亡率3.6人は、日本のちょうど4倍です。
194の国と地域別の新生児死亡率
順位 | 国、地域名 | 新生児死亡率(1000人出産当たりの人数) |
1位(最も死亡率が高い) | アンゴラ | 48.7人 |
2位 | パキスタン | 45.5人 |
~ | ||
151位 | アメリカ | 3.6人 |
~ | ||
191位 | 日本 | 0.9人 |
194位(最も死亡率が低い) | サンマリノ | 0.7人 |
資料:「World Health Statistics 2016」(世界保健機関、2016年)
こうしたデータから「日本の出産は安全」という認識が国民の間に広まったのですが、谷口さんは「結果的に安産だった分娩でも、安全と感じたことはありません。母親も病院側も『出産には必ず危険が伴う』と認識しておかないと、しっぺ返しを受けます」と話します。
誤解その2の「助産師は産婦人科医の補助者である」は、実は谷口さんも実際に仕事を始めるまではそのように誤解していたそうです。医師を助け、お母さんたちに寄り添うことが助産師の仕事であると思っていました。
しかし「助産師がすべての仕事をこなさないと事故のない出産は不可能」と考え方を変えました。
そこで谷口さんは勉強を重ね、医師や先輩たちの指示を完璧にこなしていきました。そして退職を決意したころには、「効率よく仕事を回すことだけを考えるマシーン」と化してしまったのです。
なので、「助産師は慈愛に満ち溢れているはず」という世間の理解も、谷口さんには「半分誤解している」と感じるのです。
いま思わず「分かる!」と口に出したあなたは、現状にモヤモヤを抱えている助産師なんですね。谷口さんの悩みと行動は、あなたの道しるべとなるでしょう。
1度に2人以上の命を守る仕事なのにスタッフ数が少なすぎる。ハイリスク出産は助産師も「恐い」。
辞めたい理由と悩み1:高校生のときに決めた助産師の道を志半ばで撤退させたこの業界ならではの事情とは。
谷口さんは、高校1年生のときに「助産師になろう」と決めました。助産師の資格を取るために必要だから看護師免許を取得したようなものです。
しかし、思い通りの就活ができず、最初に勤めたのは大病院の消化器科病棟でした。そして24歳のときに都内で有数の分娩件数を誇る産婦人科病院に入職できたのでした。
看護学校の学生だったころ、谷口さんは「産婦さんに常に心から寄り添う助産師になりたい」と思っていました。陣痛で苦しむ産婦さんの腰をさすったり、励ましたり、手を握ったり、寄り添ったり、そんなシーンを何度も思い浮かべました。
しかし現実は違いました。
その病院では、法律で決められた人数をはるかに下回る人数の助産師・看護師で病棟を回していたのです。そのしわ寄せは助産師たちに回ってきました。
谷口さんのある1日~4つもの大仕事を同時にこなさなければならない
- 分娩誘発中で痛がる妊婦さんを受け持ちながら、
- 帝王切開後直後の褥婦さんの看護をして、
- 別の母親たちに沐浴指導やオムツ交換指導を行い、
- さらに乳腺炎を引き起こしてパンパンのおっぱいのお母さんの授乳介助を3時間毎に行う
これは谷口さんの「ある1日」を切り取ったものですが、別の日も仕事の濃さは似たようなものでした。谷口さんは忙しさのあまり、患者の訴えを聞いているときも、頭の中では「次はあれして、その次にこれして」と仕事の段取りを考えていて、空返事を返すだけでした。
「当時の私は、効率よく仕事を回すことばかり考えるマシーンになっていました」
そしてだんだんと、「新しい生命の誕生という奇跡」すら陳腐化してしまい、母子にゆっくり寄り添ってあげられない自分に嫌気がさしていったのでした。
減り続ける日本の赤ちゃん
年次 | 出生数(単位:人) | 合計特殊出生率(単位:人) |
1950年 | 2,337,510 | 3.65 |
1960年 | 1,606,040 | 2.00 |
1970年 | 1,934,240 | 2.13 |
1980年 | 1,576,890 | 1.75 |
1990年 | 1,221,590 | 1.54 |
2000年 | 1,190,550 | 1.36 |
2010年 | 1,071,300 | 1.39 |
2011年 | 1,050,810 | 1.39 |
2012年 | 1,037,100 | 1.41 |
2013年 | 1,029,820 | 1.43 |
合計特殊出生率とは、1人の女性が一生に産む子供の平均人数のことです。「率」となっていますが単位は「人」です。
そしてこれは上の表をグラフにしたものです。激減ぶりがひと目で分かります。

※資料「人口動態統計」(厚生労働省)
辞めたい理由と悩み2:社会的ハイリスク者である助産師が心底疲弊しきっている現状…支援もむなしく空回りするのみ。
「困難事例」も谷口さんを苦しめました。勤務先の病院は、地域のクリニックが受け入れを拒否した難しい分娩や、経済的に困窮している患者も拒まず受け入れていました。
こうした病院の取り組みには、谷口さんは賛同していました。というより、困難事例にこそやりがいを感じていたほどです。
しかし助産師・看護師の数がとにかく少ないので、トラブルが発生するとイラつくようになってしまったのです。
この病院では、そのような妊産婦のことを「社会的ハイリスク者」と呼んでいました。
社会的ハイリスク者とは
- 家族や親族のサポートがまったくないシングルマザー
- 10代の若年者
- 精神疾患や知的障害の妊産婦
- なんらかの事情で妊婦健診を未受診のまま飛び込みで分娩する人
- 日本語をまったく解さない外国人
こうした人たちは、日常生活にも支障をきたしていることがほとんどです。そこに出産という大きなライフイベントがのしかかるわけですから、冷静ではいられません。
助産師たちは、本業のケアに加えて、彼女たちを精神的にアシストしてあげなければならないのです。
谷口さんはこう言います。
「幼児虐待のニュースが珍しくなくなったご時世です。誰にも相談できず困り果てているお母さんをたくさん見てきました。
私たちは生まれてくる赤ちゃんだけでなく、お母さんの安全も守らなければなりません。情報収集から関係機関への問い合わせ、そして退院へと、調整調整の毎日でした。
これだけの難しい仕事を、限られた入院期間内に行わなければならないなんて、はっきり言って無謀です。受け入れすぎる病院も病院ですが、国や行政ももっと真剣に対策を考えるべきです」
谷口さんや同僚たちは、こうしたケアに全身全霊を傾けていました。そしてとうとう、休みの日も「あの患者さん大丈夫だったかな」「もっとああしておけば良かった」と仕事のことで頭がいっぱいになってしまいました。
「私、全然休めていない」そう思ったとき、谷口さんの脳裏に「退職」の2文字が浮かんできたのでした。
助産師たちが語る「ここが大変」
大変さの種類 | 具体的な内容 | |
パニック系の大変さ | 新人時代、出産直後の無数の段取りに混乱。先輩から「もうどいて!」と言われた。 | 「満月の日」「満潮の日」「台風の日」に産まれることが多い? いずれにしても出産は集中する。 |
お産は急性期医療を上回る「超急性期」 | ドクターヘリで搬送する事態も。 | |
恐怖系の大変さ | 医師や先輩助産師が普通に怒鳴る、1分1秒を争う職場。 | ハイリスク出産の緊張感は、何年助産師をやっても慣れない。 |
1つの仕事に必ず2人以上の命がかかわる。母と赤ちゃんたちが私たちの「患者」。 | ||
ブラック系の大変さ | 勤務が不定期。夜中に呼び出されることも。 | 院内を走りまくる。ただ走っていると「速く走れ」と言われる。 |
「無事に産まれれば終わる仕事」ではない。モンスターママたちの対応はハンパない。 | 出産に関する仕事をしている自分は子供をつくる暇がないって…。子供がいる助産師は夫の協力が不可欠。 |
辞めたい理由と悩み3:労働問題を報じるニュースを「他人の悲劇」と客観的に感じられないほど麻痺していた。
テレビニュースや新聞が「長時間労働」や「サービス残業」を取り上げるのを眺めながら、谷口さんはいつも他人事のように感じていました。
それは「医療の現場ではどちらも当たり前」と思っていたので、谷口さんには「悲劇」と映らなかったのです。
「世間の非常識に該当する助産師の常識」はまだあります。夜勤明けの日に院内研修会や院内委員会に出席することも、その時間の賃金が出ないことも、病棟の飲み会への強制参加も、谷口さんはすべて「当たり前」の感覚で受け入れていました。
この病院を辞めたいまの谷口さんなら、どれも法律に違反し、飲み会への強制参加すらパワハラという労働問題になることを知っています。そしてこう振り返ります。
「でも当時は、先輩たちから『助産師として働いていくならこれが普通。うちで務まらなきゃ、どこの病院に行っても続かない』と言われ、そういうものなのかと思っていました。自分の心のSOSを無視して必死で耐えていました」
「日本助産師会」についてご存知ですか?
日本助産師会はこんな母子支援をしています | |
とりこえ助産院 | 日本助産師会の本部がある東京都台東区鳥越にある施設。性と生殖に関わる相談や母乳ケア、育児相談を行う。 |
子育て、思春期、更年期の電話相談 | 「助産師は妊娠・出産・子育てだけでなく、女性の一生にわたる性と生殖の健康問題に関わる」という考えのもと、ありとあらゆる「女性の問題」の相談にのっている。 |
子育て・女性健康支援センター | 全47都道府県に設置。支援対象は「少子化」「核家族」「母親の近隣との人間関係」「育児不安」「子供の虐待」「母子保健」「不妊」「家族計画」など。女性の駆け込み寺的な存在を目指している。 |
資料「日本助産師会の取り組み」(日本助産師会)
あなたの「会社を辞めたくなる悩み」への対応策
1.アドバンス助産師をめざし、助産師としての使命を一生掛かっても全うすべく邁進する
職業人が辞めたいときに取る行動は2つです。
辞めるかとどまるか。
もしあなたが「助産師を辞めたい」と思いつつも、まだ心残りがあるとしたら、ここは「とどまってみる」を選択してみてはいかがでしょうか。
ただとどまっても進展がないので、新たなことに挑戦してみましょう。
看護師には「認定看護師」という上の資格がありますが、助産師には、日本助産評価機構が認定している「アドバンス助産師」という資格があります。
アドバンス助産師の資格を得るには、次の要件を満たす必要があります。
- 分娩介助や新生児・妊産婦健康診断などを、一定件数以上経験する
- 「助産実践能力習熟段階 (クリニカルラダー )研修」を受講し、そこで行われる試験に合格する
2にあるクリニカルラダー 研修で学ぶ内容は、次の通りです。
- 助産師の倫理
- マタニティケア能力
- 大量出血時の対応
- 新生児蘇生法
- 胎児心拍モニタリング
- 子宮収縮促進薬
- 助産記録
- 「妊娠期」「脳神経」「呼吸循環」「代謝」「新生児」のそれぞれにおけるフィジカルアセスメント
アドバンス助産師の資格は「妊産褥婦や新生児に対して良質で安全な助産とケアが提供できる」ことの証(あかし)です。
資格取得のための学習を通じて、それまで「やらされている」と感じていた仕事が、「やらなければならない」仕事に変わるでしょう。
助産師に限らず、医療従事者はキャリアの中で絶えず新しいことを学ぶことで仕事のモチベーションを維持しています。あなたも先輩たちにならってみてはいかがでしょうか。
資料:「アドバンス助産師とは」(日本助産評価機構)
資料:「助産実践能力習熟段階 (クリニカルラダー )研修の承認に関する手続きおよび審査基準 研修の承認に関する手続きおよび審査基準」(日本助産評価機構)
https://jime2007.org/wp-content/uploads/2016/06/2017_CLoCMiP_seminarnotice.pdf
2.一般病院の一般看護師に戻る
助産師の資格は、看護師の資格を持っていないと取得できないので、あなたはいつでも一般看護師になることができます。
谷口さんは一般病院の一般看護師から、産婦人科病院の助産師になりましたが、この「ルート」を歩む人は多いようです。
それは、一般病院で「命を救うこと」と「健康を取り戻すこと」の基礎を学んでからでないと、「新しい命の誕生を助けること」ができないと考えるからです。
よって、助産という特殊な仕事に限界を感じたら、一般病院に戻ることは普通のことです。
一般病院の患者は高齢者が多いのが特徴です。一方で産婦人科には赤ちゃんがいます。0歳も100歳も「お客さん」にできる仕事は、助産師・看護師ぐらいしかないでしょう。だから助産師は確固たる死生観を持っている人が多いのです。
あなたもその「特権」を存分に活用してください。
3.助産師の仕事を辞めて他業界に転職する
もし助産師のあなたの退職理由が、「生命の誕生に感動できなくなったから」だとしたら、その悩みは、アドバンス助産師の資格を取得しても解決できないかもしれません。
一般看護師への転身についても、「臓器についていちから勉強し直すのもなあ」と躊躇するのではないでしょうか。
そんなあなたにおすすめしたいのは、助産や看護以外の分野への転職です。
助産師の活躍の場は、産婦人科病院や一般病院だけではありません。他の分野でも、「性と生」に関わったあなたの力を求めています。
民間企業への道も開かれています。
これまでのキャリアを生かしつつ、新しい挑戦ができる転職先をのちほど紹介します。
他業種への転職…不安はよくわかります。
しかし、うまく助産師勤務を抜け出して、人生の立て直しに成功した人の多くは、助産師以外への道を選択した人々なのです。
この件について、以下でより詳しく説明いたします。
助産師の辞め方とタイミング
1:ブラック企業顔負けの「退職の意向表明から1年は辞められない」というルールにどうする?
谷口尋子さん(仮名、27歳)はその産婦人科病院に3年間勤めましたが、「退職する」と固く決心したのは丸2年がすぎたあたりでした。
つまり「退職願」を出してから1年間も引き留められたのでした。一般企業では考えられない対応ですので、詳しく紹介します。
その病院では、そもそも「助産師や看護師は辞めるもの」として考えていました。それで先輩や上司たちは、新人が入ってくると「辞めるときは1年前に言ってね」と指導していました。
法律では労働者は2週間前に退職する旨を雇用主に伝えればよいとなっているので、この指導は違法です。なので「退職まで1年かかる」という内容は、書面ではなく口頭で伝えているのでした。
谷口さんはまず、病棟の主任に退職の意向を伝えました。主任は「分かったよ、師長さんには私から伝えておく」と笑ってくれました。
2日後に谷口さんは看護師長から呼ばれました。そして看護部長室に連れて行かれ、部長と師長から、なぜ辞めたいのか聞かれました。
谷口さんは「遠距離恋愛中の彼からプロポーズを受け、結婚を決めました。私が向こうに行くことになりました」と言いました。
すると看護部長は「籍はいつ入れるの?」と聞きました。看護師長は「急に職場を去られても困りますからね」と言われました。「尋問」は1時間にも及びましたが、谷口さんは必至にこらえ、年度末、つまり次の3月末日に退職することで合意しました。それは7カ月後でした。
看護部長室を出た谷口さんは「7カ月は長いけど、1年間待たされるよりはいっか」と思いましたが、それは甘い考えでした。
次の章で、ことの顛末を紹介します。
助産師のあなたも、「もう限界、すぐに辞めたい」と思っていたら、明日には上司に退職の意向を伝えてください。谷口さんの病院のように1年間も縛るところは珍しいかもしれませんが、しかし法律通り2週間で辞められる医療機関はないでしょう。
最低でも3カ月、もしかしたら半年は辞められないかもしれません。
なぜ法律通りに退職が進まないのかというと、助産師や看護師たちは仕事への義務感が強いので、上司から「いまあなたに辞められると患者の安全にかかわる」と言われると、「仕方がない、退職日を延長しよう」と思ってしまうからです。
病院側もそうした助産師たちの「習性」を知っているので、「すぐには辞められないですよ」と通告するのです。
2:引越しのために退職するあなたが上司から「何とか新幹線で通ってもらえないか」と頭を下げられてしまったら…?
谷口さんは、退職の表明から7カ月後の3月末に退職できることになっていて、それは看護部長も看護師長も納得したことでしたが、反故にされました。
人事異動で看護師長が関連病院に移ってしまうと、新しく谷口さんの上司になった看護師長が「谷口さんの退職なんて引き継いでいない」と言い出したのです。
谷口さんが看護部長に掛け合うと、看護部長は「もう一度、新しい看護師長と一緒に話し合いましょう」と提案したのでした。
再び看護部長室に3人が集まり、谷口さんはまた退職を決意した経緯を説明しなければなりませんでした。
新しい看護師長は「遠距離恋愛なんて、うまくいくわけがないじゃない。結婚を約束したって言うけど、まだ籍を入れてないんでしょ」と無礼なことを言いました。谷口さんは「ここで口答えしたら負け。相手は私を怒らそうとしているんだから」と唇をギュッと結びました。
谷口さんが兆発にのらないと分かると、新看護師長は「うちのルールは知ってるでしょ。退職願を出してから1年間は辞められないから」と言いました。谷口さんは助けを求めて看護部長の顔を見ましたが、彼女は黙ったままです。
新看護師長が、退職日をこの日から1年後に設定しようとしたので、これには谷口さんも抵抗し、結局、谷口さんが最初に退職の意向を伝えた日から1年後に退職できることになりました。
ところが、退職日の1カ月前、看護師長が谷口さんを呼び出し、最後の慰留をしました。このときの看護師長は、以前の居丈高な態度から一変して、「あなたの実力を認めているからこんなにしつこくお願いしているんです」と懇願してきました。
谷口さんはあきれましたが、「申し訳ありませんが」と、もうこれ以上譲歩する気持ちがないことを伝えました。
すると看護師長は「今年度は産休に入る人がたくさんいて人が足りないから、新幹線通勤で夜勤専従で残ってもらえないかな」と言いました。
谷口さんはあきれながら「新幹線通勤でっていうのは、部長も知っているんですか?」と尋ねました。
看護師長は「まだ私のアイデア段階です。谷口さんがそれをOKしてくれたら、部長や院長に許可を取ります」と言いました。
谷口さんは一言、「無理です」と答えました。
看護師不足の状況は、数年前よりはかなり緩和されていますが、それでも優秀な助産師や看護師は足りていません。なので病院側は、あなたのことを必死に引き留めるでしょう。それこそ「あの手この手」を使ってでも。
あなたは、退職を決意したら「絶対に慰留に屈しない」と心に誓ってください。
優秀な助産師たちが辞めると、看護師長や看護部長は管理責任を問われます。だから彼女たちは、看護師を懸命に慰留するのです。
きっとあなたは、「無責任な辞め方はしたくない」「仕事を教えてくれた上司に迷惑はかけたくない」そう思っていることでしょう。
しかしその優しさと責任感が、致命傷になることを覚えておいてください。
助産師の勤務経験が優遇される、より就労条件のよい「おすすめ転職先」の例
1.不妊治療クリニックの看護師に転職
助産と不妊治療はとても親和性があるので、不妊治療分野では、多くの助産師が働いています。
しかし「助産にあって不妊治療にないもの」があります。それは「死のリスク」です。出産には多くのリスクが伴いますが、不妊治療には死のリスクは皆無といっていいでしょう。
だから、助産の仕事で心身ともに疲れ果ててしまったあなたに、おすすめするのです。
特定不妊治療の件数は増加の一途で、2003年は10万1905件にすぎませんでしたが、2013年には36万8764件と10年で3.6倍にもなっています。2014年も39万3745件と過去最高を更新しました。
不妊治療は「一般不妊治療」と「特定不妊治療=高度生殖医療」の2つに分かれ、それぞれタイミング指導や体外受精など具体的な治療法があります。
大きな分類 | 具体的な治療法 |
一般不妊治療 | タイミング指導、人工授精 |
特定不妊治療 (=高度生殖医療) |
体外受精、顕微授精 |
不妊治療クリニックでの助産師の仕事は、外来診察、採血、採卵、胚移植、人工授精などです。
さらに、不妊治療を受ける人はナーバスになっているので、患者へのカウンセリングも重要な仕事になります。特に助産師が男性へのカウンセリングができるようになると、不妊治療クリニック内での活躍の場は広がります。
不妊治療が必要とされる背景には、生殖器の医療的な問題のほかに、晩婚化や晩産化といった社会的要因もあります。
不妊症を抱えるカップルは10~15%に達するともいわれ、少子化が社会問題になっている日本では、あなたがこの治療分野に転身することは社会貢献につながるのです。
資料:「特定不妊治療における試薬市場の現状と課題」(テクノ・クリエイト、2017年)
http://www.techno–create.co.jp/monthly_report/pdf/170201month_vol19.pdf
資料:「不妊の原因、その半分は男性です」(東洋経済、2013年4月24日)

2.製薬会社、医療機器を取り扱う企業に転職
助産師には、民間企業に転職できるという強みがあります。不妊治療件数の増加から、不妊治療で使う薬品や医療機器の企業が成長しています。
国内ですと「ナカメディカル」「北里コーポレーション」「日本医科器械製作所」「扶桑薬品工業」といった企業が不妊治療分野に参入をしています。
また、海外企業も数多く日本に進出しているので、日本国内での代理店などへの就職が可能です。
さらに、不妊治療は先進的な研究が行われているので、企業の一社員でいながら、大学医学部や大学病院と連携した仕事ができ、仕事の幅は格段に広がります。
不妊治療の市場規模は1000億円を超え、2016年には民間保険会社による「不妊治療保険」が販売されるなど、今後も成長が期待される医療分野ですので、収入面でも期待できます。
資料:「特定不妊治療における試薬市場の現状と課題」(テクノ・クリエイト、2017年)
http://www.techno–create.co.jp/monthly_report/pdf/170201month_vol19.pdf
資料:「不妊の原因、その半分は男性です」(東洋経済、2013年4月24日)

3.お産を取らない婦人科クリニックの看護師に転職
産婦人科病院の助産師を疲弊させるのは、お産のケアです。お産は予測がつかないことが多いので、助産師の勤務が不規則になる原因になっています。もちろん命の危険があるので、助産師にもストレスがかかります。
なので、お産を取らない婦人科クリニックでは一般的な看護業務が多くなりますが、その分、ストレスはぐっと減ります。それでいて「女性の味方」という仕事を継続できるのが、婦人科クリニックで働くメリットといえるでしょう。
人生の選択肢は常にあなた自身が持っている
助産師のあなたの人生を変えるために、まず一番注目すべきことは「助産師以外の職場もあることを知る」ということです。
案外、外部と交流がない助産師業界人は井の中の蛙になることが多いです。
自分の会社以外のことを全く知らないというケースも非常に多いようで、勇気を出して一歩外に踏み出せば大きな海が広がっているということを、改めて考えてみてはどうでしょうか。
兎に角、どうしても今の悩みが解決できなければ「別に辞めればいい」「辞めたっていいんだ」「自分は自由に人生を選択できるんだ」と割り切ること。
周囲からの目を気にしたり、あなたの人生と無関係な上司のメンツを立てて、自分の人生を後回しにしてします思考こそが「今の職場を辞められなくなってしまう」ことの最大原因であり、悩みをより深くして人生を間違えてしまう事につながります。
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